
Chapter 75.「紡ぐ。」
まだ夜が明けきらぬ時間、部屋には静寂と薄明かりが広がっていた。眠気を残したままキーボードに手をかけ、私はぽつりと書き出す 「紡ぐ」と。
まだ10代、20代だった頃。私は漠然と「粋な大人」になりたいと願っていた。理由は単純で、私が出会った大人たちが皆、優しくて、粋だったからだ。
けれど今、30代を迎えた私は、果たしてその願いを叶えられているのだろうか? 鏡に映る自分に問いかけても、答えは簡単には見つからない。
そんなある日、生徒さんが差し入れてくれた一つのお弁当。手作りだというその小さな包みには、優しさが丁寧に詰められていた。蓋を開けた瞬間、ふわりと香る懐かしい匂い。箸で一口運べば、口いっぱいに広がる温かさ。まるで時間が巻き戻るような気がして、思わず胸がいっぱいになった。
「なんて、粋な大人なんだろう……」
涙がこぼれそうになるのを、そっとごまかす。
その生徒さんとの付き合いも、もう四年になる。教室を開いた当初から通い続けてくれて、魚の宅配事業を始めた時も応援してくれた。事業はうまくいかず、別の会社に手放すことになったけれど、それでも変わらず注文をくださる。
「人は一人では生きていけない」
支えてくれる人がいて、応援してくれる人がいるから、私は今こうしてここにいる。そんな当たり前のことが、今になって身にしみる。
じゃあ、私はこれから誰かに何を渡せるのだろう。若い人たちに、どんな背中を見せ、どんな思いを残せるのか。
わからない。正直、答えなんて見つからない。ただひとつ言えるのは、今を全力で生きたい、ということ。生徒一人一人に全力で向き合いたい、と強く思った。
先日、偶然立ち寄った酒場での出来事。
「お久しぶりです!」と声をかけてきたのは、20代の若い男女。にこやかに笑いながら、こんなことを言ってきた。
「先生のおかげで、私たち付き合うことになりました!」
聞けば、男の子はホームセンターで働き、女の子は信用金庫に就職したのだという。二人は肩を寄せ合い、まるで青春のワンシーンのように、私に笑いかけてきた。
記憶は曖昧だが、どうやら私は恋のキューピッドになっていたらしい。
「そうか!それはめでたいな!」と私は笑い、つい声を張り上げた。
「よっしゃ、奢っちゃるわ!飲みな!」
財布の中は今月も赤字だけど、それでもこういう瞬間のために生きてるんだ、と思える。
今日もまた、何かを紡いでいく。人と人の間に、目に見えない糸を。
さあ、頑張ろうぜ!!
写真は韓国語講師のジユン先生です🤗
